バフェットの巨額買収決断の舞台裏

バークシャー 買収

ウォーレン・バフェットは巨額買収をどのように決めているのか。

投資・M&Aの達人の決定プロセスが気になります。

バフェット率いるバークシャー・ハサウェイは、2022年3月21日、米保険会社アレゲニーを116億ドル(約1兆3800億円)で買収する旨を発表しました。

この買収決定の裏側をバフェット本人が2022年4月30日のバークシャーの年次総会で語っています。

バフェットの説明をもとに買収決定の舞台裏を追ってみましょう。

目次

投資候補として適格の会社がない

2022年2月26日、バフェットは、毎年恒例となっている株主への手紙を公開しました。

その中で、バフェットは、現在のところ興味を持てるような候補はほとんど見たらないと述べていました。

Today, we find little that excites us.

Shareholder Letters (berkshirehathaway.com)

バフェットは、投資資金が増えるに連れて投資先が少なくなり、投資が難しくなると説明してきました。

また、バークシャーが巨大化するにつれて、小型投資は行わず、大型買収しか狙わないとも公言してきています。

10兆円もの資本がある場合、1億円で株を買って1億5000万円で売って50%のリターンを上げても微々たるものです。意味がありません。

しかし、ここ数年は株高傾向が続いていることから、バークシャーはしばらく大きな買収を行ってきていませんでした。

その流れの中で、2022年2月26日の手紙の中でも、買収候補を見つけることの難しさを語っていたのです。

株主への手紙の公表の1日前に届いた1通のメールーバフェットとEメール

しかし、株主への手紙の公表の1日前である2022年2月25日の金曜日、バフェットは、アレゲニーの買収につながる1通のメールを受け取っていました。

バフェットもメール(Eメール)を使うのか!とバフェットファンには気になるところです。

バフェットがどのようにそのメールを認識して読んだのか、バフェットはこう語っています。

私は機械の使い方には詳しくないので、私のアシスタントであるデビー・ボサネックが私宛のメールを受け取っています。それで、彼女がそのメールを持ってきてくれました。実際は、彼女が彼女の机の端にたくさんメールを置いているので、私はそれを時々取りに行っています。
Actually, my assistant, Debbie Bosanek, gets it because I can’t figure out quite how to handle the machinery. So, she brought it in. Actually, she puts a bunch on the edge of her desk, and I collect them occasionally.

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

このバフェットのメール受領実務は興味深い。

HBOのドキュメンタリー番組「ウォーレン・バフェット氏になる」(原題:Becoming Warren Buffett)の中で、バフェットのバークシャーのオフィス(個室)の様子が映されており、バフェットの執務室の状況は以下のようなものだとわかっています。

  • パソコンはない。
  • テレビはある。
  • 机の上には書類がたくさん置かれている。
  • タブレット(おそらくiPad)は使っている。

2012年のCNNの番組でバフェットのオフィスが紹介されています。

この番組の2分17秒くらいのところでバフェットの机が映されます。

Tour Warren Buffett’s office – YouTube

2010年代だけど、テレビがブラウン管のような。

このCNNの動画では”No email”と紹介されていましたが、2022年には変わったのか、2012年のCNNは「部屋ではメールを打ったりしない」と言いたかったのか。

それはともかく、話を2022年に戻すと、バフェットは自らパソコンを操作してメールを読むことはバークシャーのオフィスではしていないようです。

アシスタントのボサネクさんが、自分のデスクのパソコンでバフェット宛のメールを見て、プリントアウトして自分の机に置いておいて、バフェットがたまに取りに来る、というやり方をしているようです。

ボサネクさんは以下のABCニュースの動画に登場しています。

https://www.youtube.com/watch?v=zB1FXvYvcaI

2月25日に届いたメールはアレゲニーのCEOからだった

バフェットのメール実務に脱線してしまいましたので、2022年のメールの中身に戻りましょう。

バフェットに2月25日にメールを送信したのは、アレゲニーのCEOであるジョセフ・ブランドン(Joseph P. Brandon)でした。

ブランドンは、かつてバークシャーで働いていました。

Alleghany Corporation – About Alleghany – Our Leadership

アレゲニーのサイトからブランドンの紹介を見ると、たしかに2001年から2008年にバークシャー(正確には子会社のGeneral Re)で働いていたと書かれています。

ブランドンは、メールでバフェットにこう伝えました。

これが私のCEOとしての最初の年次報告書であり、あなたに送りたいと思っていました。あなたが姉妹に宛てたかのように手紙を株主に向けた手紙を書くように、私もあなたに手紙を書くつもりでこの報告書を書きました。
And Joe [Brandon] said, you know, “This is my first annual report as CEO, and I just wanted to send it along to you. Just like you write for your sisters,” he says, “I write this report as if I’m writing to you.”

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

ブランドンは、かつての上司に対して、「新天地で社長になりました。今回が社長としての最初の大きな開示資料です。あなたを見習って書いてみました」と伝えたわけです。

バフェットはアレゲニーを知っていた

バフェット率いるバークシャーは、何十年も巨大な保険事業を営んでいます。

バフェットは保険に詳しい。

当然アレゲニーのことも知っている。

ただ名前を知っているだけではありません。

相当に詳しい。

バフェットは、60年間もアレゲニーのことをチェックし続けてきているといいます。

I’ve been following Alleghany Corp for 60 years.

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

年次報告書もずっと保管しているようです。

アレゲニーは興味のある会社だったので、年次報告書をしまう大きな引き出しを4つ持っていました。
I had four big file drawers full of them because it was an interesting company.

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

“file drawer”ってどんなのだろう、と思ってyou tubeを見ると、たぶんこんなの↓。

ウォーレン・バフェット氏になる」の中でも、バフェットがバークシャーのオフィスで上記のような引き出しを開けるシーンが出てきますので、こんな感じのやつを使っているのでしょう。アレゲニーだけで4つも使ったらバークシャーのオフィスの置き場所なくなりそう。

かつてバフェットは、IBMのアニュアルレポートを50年間読んでいると述べていましたが、アレゲニーも継続チェック対象の会社であったようです。

バフェットの返信

バフェットは、ブランドンからのメールに対して、こう返事をしました(自分で打ったのか、ボサネクが打ったのかは不明です)。

「週末に読むよ」

そんなようなことを送ったそうですが、バフェットは、60年も年次報告書を読んできた会社の最新版のレポートということで実際に読むのを楽しみにしていたようです。

そして、

「ところで」(By the way)

と以下のように続けました。

ところで、3月7日にはニューヨークに行く予定なんだ。会えないだろうか。会って話したいと思っています。
By the way, I’m going to be in New York on March 7th. And can we get together? I’d like to see you.

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

ここで急激にビジネスモードに転換するわけですね。

バフェットは、当時のことを思い返してこういいます。

たぶん「考えがある」と言ったのだと思います。その前の日にはそんな考えは持っていなかったのですけどね(笑)。
I think I may have said, “I’ve got an idea.” Well, I didn’t have that idea the day before. (Laughs)

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

長年アレゲニーウォッチャーであったバフェットは、ブランドンからのメールを受け取って、自分の頭の中のM&Aセンサーが反応し、ディールの可能性をすぐに察知して返信で面談を打診したのでしょう。

もし彼がメールを送ってくれなかったら、「3月7日に集まろうか」とか、そういうことは思いつかなかったでしょう。
if he hadn’t sent me the note, it never would’ve occurred to me to write him and say, “Why don’t we get together on March 7th?” or anything of the sort.

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

驚異のスピードでの買収合意

2022年2月25日にメールを受け取り、それに対して「3月7日に会えないか」と返信した。

その後の行動についてバフェットは、特に説明していません。

そして、2022年3月21日には買収の合意に至ったと正式に公表しています。

Microsoft Word – Berkshire to Acquire Alleghany – Final Press Release (03.20.22) (berkshirehathaway.com)

3月7日に面談をしたとしたら、そこから2週間以内の合意して公表に至っています。

1兆円超のM&Aでこのスピード感は信じられません。

私は日系大企業でM&A実務に携わっていましたので、それに比べると驚異的な速さです。こんな速いの無理だろ、ってくらいの速さです。

私のいた会社だと、1000億円の買収でもたぶん1年以上かかる。

弁護士としても、そんな速さで契約書をまとめるのはきつい。

バークシャー側の法律事務所は、いつものMunger, Tolles & Olsonに違いない。

そう思っていたら、やはりそうだった。

Munger, Tolles & Olson(マンガー、トールズ&オルソン)とは、チャーリー・マンガーが創立者の1人であるロサンゼルス所在の超名門法律事務所です。

マンガーが開設したから名門なのではなく、業界の中でマジでトップクラスらしい。

この法律事務所ウェブサイトのM&A案件の説明を見ると、バークシャーのM&A案件をたくさんこなしています。

Mergers and Acquisitions (mto.com)

バフェット流M&Aに慣れているからこそ超速M&Aに対応できたのだと思います。

アメリカ企業の買収をする仕事をもしまたする機会があれば、Munger, Tolles & Olsonと仕事してみたいなあと思っています。費用がすごい高そうなので、お金持ち企業ではないと依頼できなさそうです。

バフェットの語る「買収意思決定プロセス」

バフェットは、「これが順を追った意思決定のプロセスです」と簡潔に総括しています。

So that’s the orderly decision-making process. 

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

多くの大企業でやるようなM&A意思決定プロセスは経ていません。

投資銀行を呼んで「これについての報告書を作ってくれないか」とか、「御社のあなたのアドバイスは?」といったようなことはしていません。
I didn’t call up investment bankers and say, you know, “Will you prepare me a report on this? And, you know, what’s your advice?” and all that stuff.

Morning Session – 2022 Meeting (cnbc.com)

私が知る限り、多くのM&A意思決定者は、バフェットが述べたようなことに依存します。

会社幹部は、部下に対して「専門家はなんと言ってるんだ?」と質問し、部下はFA(ファイナンシャルアドバイザー)として起用した投資銀行等に「大丈夫なのか?」と問い詰め、M&Aを成立させて報酬がほしいFAは「大丈夫です」と助言します。

M&Aにちっとも詳しくないのに巨額買収に突っ走って失敗するのがダメM&Aの一類型です。

バフェットはそうしたことはしていません。

バフェットにならうM&A巧者のあるべき姿

M&Aが上手になるためにバフェットにならいましょう。

  • M&A候補企業は常日頃から継続チェック
  • 自分で考えて決める

M&Aと言いつつ、何に対していくらの金を支払うことになるのかよくわからないままM&A案件を進めてはいけません。

手段が目的化してしまって、とりあえずディールを完成させることが関係者の目的になってしまって突っ走るM&Aは多いと思います。

このM&Aの結果手に入るものはなにか、いくらの価値があるのかを他人に説明できるよう把握してからM&Aに踏み切るのがM&A巧者のあるべき姿です。

バフェットのことを学ぶには

本記事を読んでいる人で、HBOのドキュメンタリー番組「ウォーレン・バフェット氏になる」(原題:Becoming Warren Buffett)をまだ見ていない人はいないと思いますが、もしまだ見ていないのでしたらすぐにアマゾンで見るべきです。

ウォーレン・バフェット氏になる

バフェット本人の言葉を読み解きたいのだ、という人はバフェットからの株主宛ての手紙を読みましょう。

「英語余裕だぜ」という人は原文で読むべきです。

バークシャーのウェブサイトで公開されています。

Shareholder Letters (berkshirehathaway.com)

「英語はちょっと、、」という人には、バフェットからの手紙を整理した書籍の日本語版があります。

ローレンス・カニンガム『バフェットからの手紙』(パンローリング、第5版、2021年)

特定の分野について精通したければ、その分野で傑出した人のことを学ぶといい。

これはバフェットの長年のビジネスパートナーであるチャーリー・マンガーの言葉です。

M&Aや投資のことを学びたいならバフェットのことを勉強するべきです。

〇動画(アマゾンプライム)
ウォーレン・バフェット氏になる」(原題:Becoming Warren Buffett)

〇書籍
ローレンス・カニンガム『バフェットからの手紙』(パンローリング、第5版、2021年)

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