株式をメインとするインデックスファンドで長期間積立投資をして金融資産を築く場合、配当はないがその分を再投資してくれる投資信託が良いか、それとも配当がもらえるETFが良いか?
先に結論。投資信託がおすすめです。
配当の再投資が税金上有利とか、経費率の比較とか、そういうのは他の解説記事におまかせするとして、より重要な投資家心理に基づいた人生の長期的なお金のやりくりからして投資信託の方がよいと考えています。
1 ETFの配当はうれしい
対投資信託の比較でETFの魅力は、配当です。経費率が安いとかもありますが、本記事では配当に議論を絞ります。
(1) 収入増になる
年間1万円でも不労所得の配当がもらえるとうれしい。
年間10万円だとかなりうれしい。
年間100万円ともなれば、本業収入のかなりプラスになる。
年間100万円の配当収入を得るには、配当利回りが税抜きで2%と考えると5000万円のETFを持っていなければならず、なかなかハードルが高いです。
しかし、倹約をしてせっせとETFを定期的に買い、さらにETFの配当でさらにETFを買って保有ETFを増やし、長期的にETFからの配当収入を増やしたいと考えている個人投資家は多いでしょう。
老後の生活が楽になるし、ETFの配当収入の増え方が早ければFIREも夢じゃない。
「株価が下がっても配当収入が増えさえすればいい」という極端なインカムゲイン原理主義者も見かけるほどです。
(2) キャッシュはみんな大好き
配当がもらえても手持ちの株式やETFの株価が上がらなければ実質損をするので、配当ばかり見るのは偏った見方なのですが、「配当さえあればよい」という狂信的な個人投資家は多いです。
これは配当という現金収入が引き起こすイリュージョンです。
株価という数字の上下で計測する資産額の増減よりも、配当によってもたらされるキャッシュの魅力は光り輝いているのです。
お金の悩みがあると、あらゆる問題解決能力が目に見えて落ちる。裕福な人は、とくに自分が裕福だと思い出させられると、普通の人より倫理的に劣る行動をとりがちなことが、一連の研究によって示されている。また別の研究によれば、ただお金のイメージを見ただけで、職場からものを盗ったり、うさんくさい人を雇ったり、金もうけのためにうそをついたりしやすくなるという。お金のことを考えると、文字通り心が乱されるのだ。
ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー『アリエリー教授の「行動経済学」入門―お金編―』(早川書房、2018年)12ページ
投資信託かETFか考えるときは、配当の魅力は意図的に差し引いて考えるべきです。
合理的な考えの妨げになります。
本記事では、差し引いて考えるだけでなく、配当の心理的罠を考慮して投資信託を勧めます。
(3) 徐々に配当収入が増えるよろこび
少しずつ定期的にETFを買う。
それに伴いETFによる配当収入も少しずつ増えていく。
配当収入の一部又は全部は使い切らないで、ETF購入資金に充てる。
こうしてETFによる配当が増えていって、やがて大きな配当収入を得られるようになりたい。
こういう野望を持つ個人投資家は多いはずです。
Twitterでも自分の配当額の推移を自慢している個人投資家はけっこう見かけます。
給料は自分の意図では簡単には増やせませんが、ETFの配当収入は自分の意図で増やせます。保有するETFを増やせばいいんです。
ETFを増やすには、自分の手持ち現金を差し出さねばなりません。それが犠牲です。
自分の意志で現金という宝を差し出し、ETFを買う。その結果配当が増える。
現金を失うという犠牲のもとで増えていく配当収入に長期ETF積立投資家は心躍らせるわけです。
いつかは配当収入だけで生活できるようになりたい、と。
2 ETFの罠
長い年月をかけてETFを購入し続けて大きなETFの山を作り上げてそこからかなりの配当収入を得る。
多くの長期ETF投資家の目指す世界ですが、長い時間をかけてこの領域にたどり着いた果てには何があるでしょうか。
(1) ETF元本が愛おしすぎて売却できない
20~30年かけて7000万円や1億円という巨額のETFを保有することになった。
途中一度も売ったことはなく、ただひたすら積立購入をしてきた。
配当はどんどん増えていって、配当再投資でETF購入額も増えていった。
長年にわたって苦労して積み上げてきた、ETFの元本本山、取り崩せますか?
ETFを売るのが辛く感じるはずです。
元本部分の資産が減るのも当然嫌ですが、ETFを積み立ててきた人は配当愛が強い。
定期不労所得である配当額を増やすことに心血を注いできた人にとってETFを売るのは難しいはずです。
なぜか?
ETFを売れば、配当額が減るからです。
これは心理学的な効果からもそう言えます。
(2) 損失回避の心理
ETFを売ったとしても、その売って得たお金でよりよい体験に使えれば、それは有用なお金の使い方です。
「老後のため」といっても、それはお金を使うためであり、お金は使われることでその価値を発揮します。
ETFの減少分とその減少分によって得られる他の効用を比較して、ETF減少の方が効用が大きければ、ETFは売却するのが合理的です。
しかし、ETF収入を基準として考えてきた人は、そのように機会費用を考えることは難しい。
機会費用ではなく、ETF売却前の配当額50万円 vs ETF売却後の配当額48万円 という比較をすることになるからです。
この人は、ETF売却前の配当額50万円を参照点として言わば基準であると考えて、配当額が48万円になるというのは損失だと感じるはずです。
売った場合に得られる利益のことは魅力的に映らなくなるでしょう。
損失回避のせいで、潜在的な利益よりも潜在的な損失のほうがずっと重く感じられる。
ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー『アリエリー教授の「行動経済学」入門―お金編―』(早川書房、2018年)155ページ
(3) 長年売らずに来た元本を売るのは難しい | 所有効果
長年積み立てたETFを売るのが難しいのは、配当減額という心理的ダメージが理由ではありません。
もう1つ強力な心理的な効果があります。
授かり効果(保有効果)です。
保有しているETFに心理的に価値を過大に与えてしまうのです。
私たちはなにかに投資をすると所有意識が高まり、そのせいで所有物に実際の価値とは無関係な評価を与える。何かを所有すると、どのようないきさつで所有するようになったかにかかわらず、それを過大評価する。なぜだろう。それは授かり効果と呼ばれる傾向のせいだ。
ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー『アリエリー教授の「行動経済学」入門―お金編―』(早川書房、2018年)149ページ
この授かり効果は、前述の損失回避との相乗効果があります。
自分が持っているものには価値がある。このような価値のあるものが減ってしまうなんて耐えられない損失だ!というわけです。
授かり効果は損失回避と深い関わりがある。
ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー『アリエリー教授の「行動経済学」入門―お金編―』(早川書房、2018年)155ページ
……損失回避は授かり効果とともに作用する。自分の所有するものを手放したくないのは、それを過大評価しているためでもあり、過大評価するのはそれを手放したくないからでもある。
ETFを売れば、大好きな配当は減る。辛い。
ETFを売れば、長年築いた配当の山が小さくなる。辛い。
ETFを売れば、税金も発生する。辛い。
私なら何十年も売らずに買い増し続けて「配当たくさん!」となった状態から、ETFを売るなんて怖くてできなくなると思います。
3 ETFはいつ売るの?寿命とお金の消費期限
投資信託かETFを考える際に、配当再投資や経費以外にももっと重要なことを考えねばなりません。
(1) 人生には終わりがある
残念ながら人間の致死率は100%です。
いつかは配当もETFも使えなくなって自分にとっては無価値になる時がやってきます。
(2) お金の活躍する期間も限りがある
人生の大半を富豪のような金遣いをせずに慎ましく過ごしてきた人が、100歳近くになって金融資産が2億円ある。
100歳近くても元気でこれからお金をたくさん使うぞとか、寄付するぞ、相続用に残すぞとかあるかもしれませんが、それよりは若いうちから年代に合わせてお金を使って歳月を積み重ねていく方が良くないですかね。
4 投資信託の方がETFよりも長期投資家に向いている
投資信託の良いところは、配当の呪縛がないところです。
配当がないのはデメリットのように思われがちですが、長期積立するなら投資信託の方がいいです。
投資信託を積み立てて、現金が必要になったら時々に投資信託は売却する。
これがいいやり方です。
心理的にいいのは、ちょこちょこ売る経験を積み重ねることで売却に対する自分の心理的ハードルを下げられることです。
倹約家で、積み立てが好きな人は将来「う、売れない。。自分にはできない」という状態でETFの前にうずくまっている自分を想像すべきです。
もっと問題なのはうずくまることができない状態です。たくさんのETFと多くの配当収入で満足する老齢の自分。
元本に比べたら僅かな金額である配当収入を維持するために、多大なETF元本には手を付けない状態がずっと続くが、その状態には何も問題がないと思っている。
1億円のETF元本とそこから得られる200万円の配当収入は金額が全く違います。
1億円のETF元本の方がはるかに価値が高い。
しかし、その巨額元本には一切手を触れることはなく、老齢の自分はますます老いていく。
私は、将来的に配当収入で余裕な生活ができるように投資信託よりもETFの方がいいかな、とちょくちょく思ったことがありました。
しかし、ETFが積みあがってそこそこ裕福で高齢になった自分がETF元本を有効に使えるかと考えると不安になってしまいました。
投資信託を随時売却で取り崩す方が、心理的な効果を考えると、より合理的な判断ができるように思います。